2010年08月16日

次元が異なる要因を結び合わせる柔軟性と汎用性

ishida1.jpg 米どころとして名高い新潟県越後平野の水田地帯を周辺の山々から見下ろすと、最初は誰もみな、その圧倒的な広大さに言葉を失います。平野一面に区画整備された水田と、効率的に配置された直線的な水路が織りなす景観からは、自然の豊かさというよりもむしろ、幾何学的な造形美を感じます。ほんの50年前まで、ここが「地図にない湖」とまで形容された大湿地帯であったことが、まるで作り話であるかのようです。

 縄文時代以降の越後平野の歴史は、人が「水」に向き合い続けた軌跡そのものです。越後平野は極めて広大・平坦・低標高であるのに加え、海岸沿いには砂丘列が発達しています。この砂丘列が日本海への河川水の流出を妨げていたために、かつての越後平野の大部分は水たまりのようになっていました。ひとたび河川が氾濫を起こせば、一カ月は水が抜けなかったといいます。先人たちはそのような湿地帯を切り開いて水田(湿田)として利用しました。河川から大量に供給される融雪水に胸まで浸かりながら田植えをし、舟を使って移動や運搬を行っていました。その「農地」は、遠目には巨大な湖にしか見えなかったといいます。第二次世界大戦後の強力な排水施設の導入と圃場整備による乾田化によって、越後平野は国内最大の水田単作地帯として劇的な発展を遂げました。その代償として、本来あった野生生物で賑わう豊かな水辺環境を失うことになりました。先人たちの悲願であった乾田化は、人間に多大な恩恵(治利水・農作業の効率化)をもたらした一方で、多くの野生生物に凄絶な打撃を与えました。現在では、かつて越後平野に普通に生育していた生物種の多くが絶滅、もしくは激減してしまっています。今日の越後平野には、先人たちが「水」と向き合っていた時代の面影はありません。多くの人々は、「水」がもたらす豊穣のありがたみ、災害の恐ろしさを実感することなく生活しています。このような沖積平野における環境の激変は、全国各地の他の沖積平野においても同様です。人間側の安全と経済成長を最優先した国土開発によって、日本の水辺環境における生物多様性は、わずか半世紀で壊滅的に失われたのです。
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写真右上:耕作水田で初めて見つけたカワヂシャ(準絶滅危惧種)と筆者
写真左:乾田化以前(昭和26年)の越後平野における稲作の様子(本間喜八氏撮影)
写真右:乾田化された現在の越後平野

 水辺環境における生物多様性を再生させ、持続的に保全していく管理方法を考案するためには、第一に、どのような特性を持った種がどのような環境に生育しているのかを理解する必要があります。そのためには、例えば水田地帯における植物を対象とする場合、緻密な野外調査(植生調査の他に、水深や除草剤使用の有無など)を実施することはもちろん、その場所の空間特性(耕作田なのか休耕田なのか、もしくは水路なのか)、そして地史的背景(乾田化以前にどのような環境であったのか)を考慮する必要があります。これらの時間的・空間的に次元が異なる要因を有機的に結び合わせて一元化する柔軟性と汎用性、それが景観生態学の強みであると考えています。さらに、河川域、湖沼域、水田地帯など、これまでの生態学では(結果的に)独立のものとして扱われてきた各環境も、景観生態学の視野ならば「沖積平野を構成する水辺環境の1つ」として捉えることができ、「沖積平野」という同じ土俵の上で生物の分布特性・種数・種組成などを比較することが可能となります。各水辺環境で特異的に出現する種はどのような特性を持っているのか、それらの種が出現するために必要な環境条件は何なのか、そしてその環境条件を実現するために求められる管理方法はどのようなものなのか。この問いに対する答えを導き出すために、私は越後平野の水辺環境に通い続け、野生植物の分布を調査してきました。水辺環境における調査では、わずかではありますが、随所から確かに「かつて大湿地帯であった」という、土地の記憶を感じることができます。まだ、完全に失われてはいないのです。博士論文では、このデータをまとめ、「越後平野をモデルとした、沖積平野を単位とする植物種多様性の持続的な保全指針を構築」することを目指しています。ここに書いてしまったので、もう後には引けません。眉間の皺を指で揉みながら、パソコンの前でうんうん呻る毎日です。
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写真上:休耕田での植生調査の様子

 50年後に、山の上から越後平野を見下ろすことを楽しみにしています。私の頭の中の50年後の越後平野は、多様な水辺環境がぐちゃぐちゃと混在し、多くの生物(人間含みます)のにぎわいを感じられる、自然美溢れる景観が広がっています。




・プロフィール
石田 真也(いしだ しんや)
1983年生まれ。新潟県田上町出身。学術修士(新潟大学)。
新潟大学農学部卒業、新潟大学大学院自然科学研究科博士前期課程修了。現在、同博士後期課程3年。2008年度より、日本学術振興会特別研究員DC(生物学)。


2010年01月05日

これからのハビタット・モデルづくり

jale_hashimoto.jpg 私はこれまで(決して数学には強くはないのだが)統計学的手法をもちいて,大阪の都市公園のシジュウカラや京都の社寺林のアオバズクといった,主に都市域の鳥類のハビタット・モデル(生息適地モデル)をつくる研究をやってきた.そして現在は,中国・北京市街地のカササギ,愛知県の里山のサシバ,琵琶湖の水鳥などを対象に研究している.

 私の研究テーマには,小学生時代の東京の住宅地や愛知県岡崎市郊外の母の実家周辺での昆虫採集,中学1年生の秋に学校に隣接する都市公園で始めたバード・ウォッチング,中学生〜大学生の頃の茨城県土浦市の里山・宍塚大池での自然観察会や猛禽類サシバの調査への参加,日本野鳥の会茨城支部の各種野鳥調査(猛禽類,フクロウ類,カワセミ等の分布調査,カモ類のカウント,霞ヶ浦のヨシ原の繁殖鳥類調査など)への参加などの経験が影響している.実際に観察して生態をよく知った生物でないと,ハビタット・モデルづくりなどできない.ハビタット・モデルの研究は,大学院に進んでからである.

 ハビタット・モデルづくりは,カッコつけて言うと,“ナチュラリスト的勘を数式化する”ことだと考えている.まあ私の場合は,せいぜい“バード・ウォッチャーの常識を数字で示す”といった程度かもしれないが,日頃,フィールドで感覚的に重要と感じている環境セットの重要性を統計的に裏付けするだけでなく,意外な要因に気づかされることもある.数式化・定量化することで,土地利用変化に伴う将来予測や過去の分布状況の推定もでき,具体的な保全策の提言につながる.シジュウカラやアオバズクは都市緑地の,サシバは里山の谷津田景観の,それぞれよい指標種となると考え,様々な機会を捉えてアピール中である.

jale_kasasagi.jpg シジュウカラの研究開始時から気になっていたのは,鳥類の移動や視野にとって障壁となる高層建築物の影響をどう評価するかという課題である.東京大会時の公開シンポジウムの講演でも触れたが,これからは高さ方向の情報も考慮した“三次元の景観生態学”が必要ではないだろうか.幸い2007年度から2年間,科研費をいただいて,高層ビルの建設ラッシュの中国・北京市街地のカササギを研究する機会を得た.カササギはカラス科の中型の鳥で,姿が目立つので行動を追いかけやすい上,樹上にボール状の大きな巣を作るため,巣の位置をほぼ見落としなく地図に落としやすい.北京市街地のビルの高さデータはALOS衛星のステレオ画像から作成したものを使っているが,国内の市街地であれば,航空機レーザー・スキャナを使って計測された地表高データの方が精度も高くて良いはずだ.三次元データを使ったハビタット分析のアイデアは新潟大会で紹介したが,まだ大量データ処理のための半自動化プログラムの開発という課題が残っている.
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 相手が生きものなので演繹的には分布は決まらないが,今後,ハビタット・モデルに求められるのは,ピンポイントで分布予測をすることであると思う.市街地の街路樹を利用する鳥類や里山の谷津田環境を利用するサシバの保全では,具体的に緑化すべき場所や保全すべき水田を特定することが重要だ.現在,私が研究フィールドとして利用させてもらっている愛知県豊田市自然観察の森では,「サシバのすめる森づくり」をキャッチフレーズに,餌場となる休耕田の草刈りや水張り作業が行われている.サシバのハビタット・モデルは「どれだけの水田面積を復元すれば一度消えてしまったサシバを再び呼び戻せる可能性があるのか」という問いに答えられるものと考えている.ハビタット・モデルづくりのためのサシバの生息調査には,地元NPOにもご協力いただいて,山里の中で楽しく調査をさせてもらっている.

 このところ講義準備やURBIO2010をはじめとする学会関連の仕事に追われ,新しい高度な統計テクニックの勉強になかなか追いついていけていないが,緑化プランの評価や戦略アセスにも使えるようなハビタット・モデルづくりをしていきたいと考えている.




・プロフィール
橋本 啓史(はしもと ひろし)
1977年愛知県岡崎市生まれ,東京,茨城育ち.博士(農学)(京都大学)
私立茗溪学園高等学校,筑波大学第二学群生物資源学類卒業.大阪府立大学大学院農学生命科学研究科博士前期課程,京都大学大学院農学研究科博士後期課程修了.学振特別研究員(DC2/PD)を経て,2006年から名城大学農学部生物環境科学科ランドスケープ・デザイン学研究室・講師.2007年から同・助教.


2009年12月01日

小規模博物館の普及活動と景観生態学

murakami1.jpeg 私が植物担当学芸員として勤めているきしわだ自然資料館は,人口約20万人,だんじりの町として有名な岸和田市にある自然史博物館である.正職員の学芸員は3名で,館長や非常勤事務職員などを含めても,6名できりもりしている小規模博物館である.博物館学芸員の業務は,研究,資料の収集・整理・保管,教育・普及活動の3つに大別されるが,特に地域密着型の小規模博物館では,教育・普及活動業務の割合がとても大きい.

 常日頃,博物館の学芸活動,特に普及活動の中で,景観生態学を生かしたいと思っているが,残念ながら,充分に実現できているとは言えない.まず,「景観生態学」という用語は市民には通じないことが多い.「植物生態学」や「昆虫分類学」は通じるのだが,生態学における「景観」の意味を意識している市民は,まだ多くない.そんな現状ではあるが,自分が担当した観察会では,特定の生物だけの観察だけにならないように,周りの環境について意識させたり,観察の視点やスケールを変えさせたりする工夫は,できるかぎりしているつもりである.普通の自然観察から,生態学的な自然観察へ,生態学から景観生態学へといった努力と言ってもいい.小泉武栄さんの著書『山の自然学』のまえがきに,「『あっ,コマクサだ.きれいだなあ.写真を撮ろう』で終わるのではなく,『どうしてここにコマクサがあるのだろう?』と考えると,山の自然学が始まります」と書かれているが,この視点の変化は生態学的そしてさらに景観生態学的な自然観察のスタート地点だと思う.とはいえ,実際には,特定のサイトを歩き回るだけの観察会では,個体・種から群集といった視点・スケールの変化はできても,その視野を景観にまで高めることは,なかなか難しいものである.

 景観生態学の研究ツールとして,GISが有効なのは言わずもがなであるが,「景観生態学的」自然観察会では,バスというツールがとても魅力的である.景観生態学会のエクスカーションでも,バスで移動して,眺望のよい場所からその地域の全貌を眺めて,景観構造について解説してもらったり,逆に現場に立ってみて,スケールや視野,立場を変えて考えてみたりする.このエクスカーションは,景観生態学の意識を持ちながら自然を見るという訓練にもなるし,私が日常行っている観察会の参考にもなっている.もちろん,生身を使って山の頂まで登ることもできるが,それでは観察場所が限られてしまうのである.小規模博物館の予算では,バスのレンタル代すら,まかなえないことが多いが,今年は,日本科学技術振興財団の「地域の科学舎推進事業地域活動支援」を受けて,「社寺林から学ぶ生物多様性入門」という全9回の社寺林での観察会・講座を行うプログラムを実践することができた.これは,地域の社寺林を観察の舞台とした自然観察会で,そのあり方や保全の取り組みを地域の市民に知っていただき,生物多様性について考える機会とするものである.これを申請した理由には,景観生態学会のエクスカーションのような体験が地元でも,できないだろうか?と思ったことが大きい.さまざまな社寺林を数多く巡るだけでなく,スケール・視野を変えながら見る.自然復元の目標サイトと,実際に造成されたサイトを市民の目で見て,肌で感じてもらう.そんな景観生態学的な視点からの自然観察会である.

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 全9回のプログラムのうち,2009年11月末までに7回が終わり,地元の社寺林のほか,社寺林を復元目標にした万博記念公園自然文化園や「いのちの森」(復元型ビオトープ;京都市)なども訪ねて,観察会を行ってきた.市民からの感想として,「私も,自然保護や自然回復に貢献したいとは思っていたが,(いのちの森モニタリンググループの活動を知って)実際に実践されている市民がいることに驚きました」「自然の見方が変わる観察会でした.感激しました」という参加者の意見などもいただいた.大変ありがたいことである.しかし,その反面,参加した小学生の意見として,「難しい言葉ばかりで,全然意味がわからない」「難しすぎて,もう参加したくない」等もあった.子どもの単刀直入な意見は,ずしんと突き刺さる.私の景観生態学の普及・教育活動は,まだまだ努力が足りないと感じているが,手ごたえも感じる1年だった.

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・プロフィール
村上 健太郎(むらかみ けんたろう)
1973年大阪府生まれ.博士(農学)(大阪府立大学)
大阪府立春日丘高校,大阪教育大学教育学部(社会文化コース)卒,大阪府立大学大学院農学生命科学研究科博士後期課程修了.岸和田市立きしわだ自然資料館非常勤学芸員(2000年4月〜2005年3月)を経て,2005年4月より,同博物館学芸員.2004年3月,非常勤学芸員として勤めながら,博士号を取得(博士論文:都市内孤立緑地における植物種多様性の保全に関する研究).学芸員業務の傍ら,景観生態学,造園学分野などの研究論文を執筆しており,最近の研究テーマは,地球温暖化やヒートアイランド現象などの気候変化が植物の分布・生態に及ぼす影響,都市内孤立緑地の生物多様性保全(特にシダ植物)に関する研究など.

2009年11月17日

重要文化的「景観」生態学

kao1.jpg 岐阜県恵那市の北部、中野方町に石積みの美しい坂折棚田がある。田植え、稲刈りの実習に学生共々通うようになって4年になる。昔ながらの棚田に見えるが、機械で耕作し、農薬を使い、中干しをするし、冬には落水する。畑になっているところもあれば、耕作放棄されているところも少なくない。カエルは棲みづらくなり、石積みは管理されなくなれば、次第に樹木が大きくなり崩れてしまう。棚田の景観も、棚田の生き物も人の営みの中で受け継がれてきたものである。

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 当ゼミの相田准教授の努力のかいがあって、3枚の休耕田を借りることができ、棚田ビオトープなるものを作ることとなった。1枚は無農薬で稲を作り、もう1枚はさらに稲の脇に生き物のために開放水面を作る。残りの1枚は水張り休耕田とする。つまり、1枚は人の田んぼ、1枚は人と生き物が共存する田んぼ、1枚は生き物の田んぼ(休耕)というわけである。相田准教授が言うには、田んぼの借用のため、ビオトープとは何かを苦労して説明したところ、地元のお百姓さんいわく、「なんだ、昔のように米を作るのか。」、ごもっともである。学者顔して偉そうなことを言うのが気恥ずかしくなる。

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 棚田ビオトープでは、ヤマアカガエルの山ちゃんをフラッグシップ種に祭り上げPRした。整備前の調査で1匹確認してはいたが、翌春、卵塊を発見したときは正直ほっとした。学校ビオトープコンクールで銀賞を受賞した。山ちゃんのおかげであるが、小中学校が中心のコンクールで賞をとるのは、なんとも大人げない。

 昨年からは、この棚田景観を景観文化財(重要文化的景観)にすることを目指して、恵那市教育委員会が調査をすることとなり、そのお手伝いをすることとなった。唐津市の「蕨野の棚田」など、すでにいくつかの棚田が景観文化財に選定されている。調査は、少なくとも景観と文化財と自然環境の3つの観点から行う必要がある。ところが、これまでの調査事例を見てみると、自然環境にはあまり力点が置かれていない。坂折棚田の調査では、植物、哺乳類、鳥類、両生爬虫類、魚類、水生昆虫について、それぞれ専門家による調査を実施している。自然環境分野の調査委員がほかに比べて多くなり、少々ひんしゅくをかっているがいたしかたない。棚田の景観が、人によってどのようにして作られ、維持され、どのような生き物が住みつき、人がその生き物を利用してきたか、あるいは戦ってきたか。これは景観生態学に関わる者にとって実に興味深いテーマである。

 この小文の表題を“重要文化的「景観」生態学”としたのは、そういう訳である。「景観」はクロスワードである。重要文化的景観と景観生態学がどうクロスするかを説明しようとすれば、それは景観生態学そのものを語ることになってしまう。



・プロフィール
藤原 宣夫(ふじわら のぶお)
1959年秋田県生まれ 学術博士(千葉大学)
国土技術政策総合研究所緑化生態研究室長、愛知県公園監を経て、岐阜県立国際園芸アカデミー教授
恵那市文化的景観調査研究委員会委員


2009年09月16日

新しいコミュニティづくりの中心で景観生態学をさけぶ

k4.JPG 「火入れ開始!!」.緊張した雰囲気の中,山焼き実行委員会・元気なシニアの方々の指示.微妙な風向きを読みながら,次々と出される指示に従って走り回る30〜40代の男性.広島県北広島町・雲月山の早春の風物詩である,山焼き開始の1シーンである.火入れは山頂部から行われる.火はススキ,ササを焼き尽くしながらゆっくりと下山する.火入れから約50分後,最後に山裾部から火が入れられる.山頂からの火と山裾からの火が激しく衝突した瞬間,『バチ』と大きな音を立てて一瞬に火は消える.どこからともなく,拍手が聞こえる.火入れを遂行した関係者間で相互にねぎらいあうように・・・・(第8回全国草原サミット・シンポジウム(北広島):2009年9月26〜28日に参加頂けますと様々な視点から草原の取り巻く課題もご理解頂けます.草原再生の必要性,山焼きの意義も含め,詳しくは全国再生ネットワークHP(http://www.sogen-net.jp/)参照下さい.)

※写真右上:雲月山の山焼きに延焼防止ボランティアとして参加

 山焼き後,みんなで温かいうどんやぜんざいを頂いていた時,生涯忘れることはないであろう光景を目の当たりにした.山焼きの諸作業を終えて下山してきたシニアに向かって,一部始終を見守っていた孫とおぼしき小学生(低学年)の男の子が大声で言った.「おじいちゃん.カッコ良かったなあ.友だちに思いっきり自慢したわ.」シニアは孫の頭を優しくなぜながら無言のまま,満面の笑みで答えた.

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※写真左:雲月山(山焼き前) 写真右:雲月山(山焼き後)
 
 上記のシーンが「生涯忘れることはないであろう」と思えてならないのはなぜか?「豊かな生態系を次世代に引き継ぐことは我々の責務である.過疎化,高齢化が進行する我が国の農山村において,持続可能な地域資源管理をいかに進めるか?至急に対処すべき課題の1つであり・・・・」といつも能書きを垂れていた『私の知見の底の浅さ』を反省せずにいられなかったからです.何よりも優先的に考えるべきことは,上記のような老若男女の笑顔のキャッチボールの再生ではないのか?

 ちょっと立ち止まって,草原の話から身の回りの課題に目を向けると・・・・市場経済で測定できうるようなものの多くが飽和し,「国を挙げての経済成長」という目標が輝きを失いつつあること,そして,資源の調達や販売をより広く・全世界に求め,とことん効率化を追求する『世界市場化』の推進だけでは豊かさは実感できないことは,多くの方々が体感されているように思います.その一方で,地産地消に代表されるような新しい地域重視の考えた方が定着しつつあります.そして,安心・安全・信頼関係,やすらぎ,親しみ感の喪失に対処すべく地域社会を支えるコミュニティの再生が叫ばれ,様々なNPOや協同組合,社会起業家等々の多様な活動・事業や実践にみられるように新しいコミュニティづくりに向けた多くの取組みが試行錯誤の中で進められています.本物の豊かさを探して「いかにして新しいコミュニティを創造するか?」が我が国の未来や地域社会の今後を展望する上で中心的な課題であることについて,議論の余地はないと思います.

 では,新しいコミュニティづくりの拠点となりうる『場』とは?この問いに対して,広井(2006)は「『市場経済を越える領域』,例えば福祉・医療,環境,文化,スピリチュアリティ等に関する領域を支える空間のような,高齢者ケア,子育て支援等の福祉・医療関係施設や公園,農園地を含む自然関連の空間が大きな意味を持つに至るであろう.」と述べています.「でもなあ.そんな『場』は現実にあるのだろうか?」.身内の福祉・医療関係者から現実の厳しさを何度となく聞かされてきた私は漫然と自問する日々を送っていました.残念ながら,あしかけ10年目になる草原再生に係わる研究との繋がりを全く意識できないままで.

 そんな私に大きな示唆を与えくれたのが前述の北広島町雲月山の山焼きでした.地域のシニアに活躍の場を提供する(間接的ながら)福祉・医療の場であり,地域の自然環境・歴史文化特性を踏まえ叡智の伝承が行われている空間であり,そして,(当時徳島からの交通費を負担した私を含め)参加費を支払って山焼きに参加する地域住民,ボランティアの活動・・・・.まぎれもなく『市場経済を越える心豊かな領域』が目の前にありました.

 草原を含めた里地・里山等の二次的な自然の劣化が危惧される中,その保全・再生に向けて様々な議論がなされています.例えば草原についてみると,茅葺き材料や肥料の採取の場として利用や放牧の場としての利用等,地域共有の財産の適切な管理・利用のためにコミュニティが形成され,相互に規範,価値観が共有される中で,結果的に地域独自の歴史文化が継承され,結果として地域に特有な生態系が保全されてきました.それ故,草原の保全・再生を考える時,地域の共有の『場』の管理目標に係わる合意を形成しつつ,コミュニティづくりを展開するというのが正攻法として想定されます.しかしながら,地域住民と地域の共有の『場』とのかかわりが喪失し,管理目的が見出せないばかりか,前述の通り,コミュニティづくり自体が課題となっている現状を鑑みると,この方法が現実的なアプローチではない側面も持ち合わせていると思えてなりません.

 むしろ,前述の我が国が抱える社会的な課題を踏まえた時,逆説的なアプローチが有効ではないか?と私は思っています.すなわち,二次的な自然の保全・再生を第一義的な目標とするのではなく,新しいコミュニティづくりを目標として前面に打ち出し,新しいコミュニティがもたらすであろう『市場経済を越える領域』の福利(例えば,新しい関係性に基づく安心・安全・信頼・安心関係,やすらぎ,親しみ感の充足のほか,福祉・医療,文化,スピリチュアリティに係わる充実等)を示す.その上で,新しいコミュニティづくりを推進する拠点として,地域独自の叡智が伝承され得る『場』である,草原を含めた里地・里山,そして,里川・里海・社寺林等を位置づけることが重要ではないか? そして,生態学的にも意義のある手法として『場』での諸活動の展開を提案・実践(+順応管理支援)するという取組みこそ重要なアプローチではないか?当然ながら,このアプローチは新しいコミュニティづくりに直接的につながるだけでなく,劣化が危惧されている里地・里山等の保全・再生へも繋がる可能性が高いことは言うまでもありません.

 上記の展開には先のブログ記事で伊東先生が述べられた『生態系や景観の構造の変化,人間活動のあり方等自然科学と社会科学を含めた議論の展開』が不可欠です.また,上記のアプローチ自体が,同じく鎌田先生がブログ記事で述べられている『国土全体といった広域スケールから個々の地域の現場といった詳細スケールまで,異なった空間スケールを行き来しながら,生態系機能を発揮させ続けていくために必要な論理的基盤,「科学知」を提供する景観生態学的なアプローチでもあります.景観生態学が提供する「科学知」は,土地利用の施策や地域計画に活かされるばかりでなく,「いかにして新しいコミュニティを創造するか?」という我が国の最大の課題に大いに貢献できるのではないか?と考えを巡らす時,まだまだ広がっていくであろう,景観生態学の可能性にワクワクせずにはいられません.

 出典:広井良典(2006)『持続可能な福祉社会−もうひとつの日本の構想−』,ちくま新書,東京,269pp



・プロフィール
小串重治(こぐし しげはる) http://greenfront.cocolog-nifty.com/blog/greenfront.html
1966年愛知県生まれ.博士(工学)(徳島大学).
愛知県立岡崎高校,岡山大学農学部卒,岡山大学大学院農学研究科修士課程修了(1990年).環境コンサルタント技術者((株)パスコ:1990年〜1993年,総合科学(株):1993年〜)として『環境アセスメント』,『森林機能評価』,『荒廃地の緑化復元』,『河川生態系の評価と住民参加の多自然型川づくり』等の地域環境マネジメントに係わる業務を担当.2003年に徳島大学大学院博士後期課程に入学.苦節6年?働きながら博士号(工学)を2009年取得(博士論文:『二次草原再生に係わる生態学的評価と社会システムの再生』).同年,郷里の愛知県岡崎市にてグリーンフロント株式会社を設立(代表取締役社長取締役).地域の緑づくりと福祉の融合をテーマとした様々な『人と人,人と自然の絆の再生』をライフワークとして,多様な分野の研究者,行政,コンサル技術者,地域住民を繋ぐ『環境マーケティングエンジニア』(造語)を目指す.現在,総合科学(株)の愛知事務所長・徳島事務所長,全国草原再生ネットワークの事務局,大学の非常勤講師(徳島大学,名古屋産業大及び大阪産業大),グラウンドワーク大山蒜山の理事,徳島保全生物学研究会の研究員も兼任,7枚の名刺を使い分けて奮闘中.

2009年08月31日

景観生態学から広がる可能性

PICT1289.JPG 景観生態学は,先のブログ記事で伊東さんが述べられたように,人間を含む生物と空間の特性と関係を解明し,そこから土地利用の施策や地域計画に展開していく学問です.個々の研究はそのプロセスのいずれかの段階に関わるものであるといえます.従って,これからリレー形式で続いてゆくブログ記事の内容も,書き手ごとに多岐に渡るものになるでしょう.

 単に景観≒広域という意味で,広域な空間スケールを扱う生態学という概念に留まることなく,この学問だからこそ取り込めるような,文化性や歴史性といった部分,つまり人間の息づかいのようなものを生物と空間の関係の中に落とし込んで,それを解明することが景観生態学には可能だと思われます.勿論,あらゆる時空間スケールにおいて人間を含む生物との関係を明らかにすることは可能ですが,景観生態学はこれらの関係を最も見えやすく提示することができ,解明する上でも取り扱いやすい分野であるといえます.

 だからでしょうか.景観生態学会に集う研究者達は,ゆるやかに繋がり,垣根をつくらない気持ちが共有されているように思えます.互いに刺激を受け,排他しあわない関係が築かれているような気がします.また一方で,景観生態学やランドスケープエコロジーに対して,その概念や定義に対する議論が長らく行われてきたのも,このような学際的で横断的であるという特徴が一因にあるかもしれません.

 私自身の研究のスタートは,緑地気象学を軸とする観測実験を中心にしたものでしたが,徐々に空間における人と自然の関係を明らかにすることへと興味が広がり,都市における緑地の価値評価を行うために,GISを用いた森林や緑地の空間情報解析や,資料の分析による文化と人々の認識との関係性の解明に関する研究を行ってきました.その過程で社叢空間に興味を持つようになりました.

 都市における社寺林の特徴は島嶼生態学とも呼ばれるように人工改変地のなかにおいて残された残存的な緑地空間であることがあげられますが,景観生態学会誌でも特集が組まれ,さまざまな観点からの報告が行われました.社叢は,その土地の風土,空間における人間と自然との関係に,信仰というファクターが加わり,互いが結びついて成立してきた空間です.時代の変遷とともに土地の改変が行われ,価値観も変化しつづけていく中で,現在まで存在し続けてきた場所です.

 私が取り組もうとしている研究課題は,現在まで取り組んできた社叢の意義,重要性を明確にするとともに,それを評価するシステムを構築しようとする取り組みです.自然環境や環境問題に対する態度・行動のメカニズムの解明,価値観の構造,宗教性,文化性,などが研究テーマとなりますが,日本人の自然観は日本でこそ成立する風土や歴史文化の中で培われてきたものであり,それが持つ潜在的な部分の解明に興味があります.

 最後に,この文章を読んで下さっている方の中には学生の方もいらっしゃると思います.研究は楽しい反面,様々な事に悩むこともあるかと思います.それは苦しいかもしれませんが,本質的な何かを掴むための又とない機会であり,ひとつもマイナスではありません.現在私はポスドクという立場にありますが,そこでは学生時代の研究テーマとは異なる研究に携わっています.しかし,すべてが繋がっていると思えるのは,その先に自分は何をみているのか.培ってきたことがどのように活かされていくのか,自分の体を使ってこの先何が出来るのかを考える機会を学生時代に持てたからだと思うのです.いつかまた機会があればその時期に得たことをお伝えできればと思います.
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・プロフィール
藤田直子(ふじた なおこ)
1976年熊本県生まれ.博士(環境学)(東京大学).
熊本県立済々黌高校,千葉大園芸学部卒,東京大学大学院新領域創成科学研究科博士課程修了.2006年から東京大学ポスドク研究員,2008年から国立環境研究所ポスドクフェローを経て森林総合研究所特別研究員.現在REDD(途上国における森林減少と森林劣化に由来する排出削減)に関するリモートセンシングを用いた森林モニタリングに関する研究に従事し,その傍ら里山社寺林一体型保全にむけた自然観を組み込んだ多義的緑地評価システムの構築に向け研究に取り組んでいる.

2009年08月03日

大地の芸術祭と景観生態学

figure_m_1.jpg 「妻有」というのはとどの「つまり」のことらしい。日本で、いや世界で最も豪雪地帯の集落がここ、越後妻有。この限界集落の見本のようなところは、震災のダメージも受けました。そこが、この夏、現代アートの拠点というか、アートの里として世界的な注目の的となっています。NHKも取り上げたのでご存知の方も増えましたが、2000年に始まった時は、こんなわけの分からないイベントに協力しようという集落は、わずか2つだったということです。

 3年に一度の越後妻有アートトリエンナーレの総合ディレクタは北川フラムさん。土地固有の自然と文化の歴史のなかで、アーティストと里山、過疎地と都市、若者とお年寄りの交流と協働を仕掛ける試みは、これからの生態系マネジメントを考える上でも、模範とすべきものでしょう。「協働という言葉を使い出したのは私」と北川さんに伺いました。 実は京大の地球環境学舎の院生がこの取組みをテーマに博士論文を仕上げたのですが、私も里山再生の手がかりを探る目的で、行って参りました。今回のオープニングの挨拶で、北川さんをサポートしてきた福武總一郎さんが、地球環境危機、経済危機のなか、現代アートを触媒としてこれからの低炭素・循環型・自然共生の地域振興のモデルを作る意義を強調されていたのが印象的でした。

 ボランティアグループ「こへび隊」に案内してもらいながら、豪雪地帯でも夏は高温多湿、昼夜の気温較差があって、棚田と里山の交錯するこのあたりが最高ブランド米の魚沼産コシヒカリがとれるんだ、と地域景観の論理を勉強。作品を1カ所に展示するような、イサム・ノグチの言葉を借りれば「芸術作品の墓場」ではなく、都市の利便性とは対極の、妻有に点在する200の集落をベースに展開されるアート群であることが、いろんな触媒作用を生み出しているようです。

 作品を見ようと思えば、当然、地域の山や集落の佇まいや棚田が目に入ってきて、瀬替という中世にも記録のある、蛇行河川の流路変更によって河道を水田化した風景に気づきます。道沿いは、随所に草花が美しい。よく見れば、民家には垣根がありません。その代わりに庭先やのり面は、草花や花木でさりげなく装われています。それは地域の方の来訪者に対するホスピタリティを表していると、北川さんは「径庭」(みちにわ)と名付けてられました。

 バスにゆられながら、先日の景観生態学会新潟大会での、紙谷先生のご案内で回った、とても充実したエクスカーションを思い出しました。あのときは、「潟」つまり氾濫原の水田での生き物再生と源流域のブナ二次林のパッチ状間伐が見られて、たいへん有意義でした。今回はその中間にある里地里山です。なかでも松之山・松代の集落景観は棚田が美しい。ため池では絶滅危惧種の生き物が普通に見つかります。私も関わった朝日新聞130周年、森林文化協会30周年記念事業の「にほんの里100選」にも選ばれました。

 つまり妻有を超えて流域全体が、これからの自然と人間の関係のモデルを探る、景観生態学の研究テーマの宝庫のように思えてきました。

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写真左:瀬替(せがえ:蛇行河川のショートカット)で旧流路に作られた水田
写真右:棚田ならではのアート(イリヤ&エミリヤ・カバコフ2000)農舞台から見ると「詩」も加わる仕掛けもある



・プロフィール
森本幸裕(もりもと ゆきひろ)
1948年大阪府生れ。農学博士(京都大学)
京都芸術短期大学、京都造形芸術大学、大阪府立大学教授等を経て、京都大学大学院教授(景観生態保全論分野)。日本景観生態学会会長、ICLEE副会長、中央環境審議会臨時委員、京都市美観風致審議会委員など。

2009年06月23日

景観生態学の「知」の生産と流通

Kamada.jpg 土地利用上の対立や生態的基盤の劣化が急速に顕在化している今,その問題解決に有効な土地利用や地域計画の手法,地域生態系の管理技術を確立し,それが活かされていくしくみを構築しなければなりません。景観生態学は,国土全体といった広域スケールから個々の地域の現場といった詳細スケールまで,異なった空間スケールを行き来しながら,生態系機能を発揮させ続けていくために必要な論理的基盤,「科学知」を提供する学問です。その「知」は,どのように流通し,誰にどのような形で利用されるのでしょうか。

 一つ目は,論文をとおして研究者コミュニティに流通します。そして,「科学知」は,他でも適用可能な理論や手法として研究者に利用されることになります。「学」である以上,この流通形態は必要不可欠なものです。でも,研究者だけがその「知」を使っていても,現場である地域の問題解決にはつながらないでしょう。

 国土・地域の管理方針を施策として示していく行政への「科学知」の供給が,二つ目の流通経路となります。実際,「国土形成計画」や「第三次生物多様性国家戦略」では,エコロジカル・ネットワークの形成や,生物多様性ホットスポットマップの作成をとおして,国土全体の生態系保全・修復をめざすことがうたわれています。これは,景観生態学の「知」が,国の審議会や委員会をとおして,行政に供給された結果です。国の方針は,地方自治体の方針へと転換され,「科学知」は薄まりながら,官によってオーソライズされた「知」がトップダウン的に流れていきます。

 国や自治体が,国土の土地利用のあり方について将来ビジョンを示すことは,とても重要なことです。一方で,それがすぐさま地域の課題解決につながることがないのも周知のことでしょう。日本の国土の大半は森林や農地や宅地からなる私有地のモザイクで構成され,その利用形態を決めるのは個々の地域の農林業従事者や住民です。トップダウンでもたらされる方針に対応するため,地域では,その生活の中で培われてきた知恵,すなわち「生活知」を用いて具体的解決策を探し,地域の意思決定システムにしたがって合意を形成します。このとき,「科学知」はどこかへ消え去っていることがほとんどです。

 ここで三つ目の「科学知」の供給のあり方,地域の意思決定の中での利用を可能にする,ボトムアップ型の「科学知」の流通手法を考える必要が出てきます。そんなことを考えながら,僕は,森づくりのあり方を考えるためのワークショップに参加するため,上勝町まで車を走らせます。大学での仕事を終えてからの1時間の道のりはしんどいのですが,不思議なもので,帰りはとても元気になっています。地域の方々が森や地元に対して持っている熱い想いを,エネルギーとして充電して帰れるからです。

 このような経験を基に,今,僕たちは,地域社会のステークホルダーの合意と意思決定による環境問題の主体的な解決に役立つ知識生産のあり方を考えるためのプロジェクト,「地域主導型科学者コミュニティの創生」を進めています。

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上勝町「千年の森ふれあい館」での,森づくりワークショップ。



・プロフィール
鎌田磨人(かまだ まひと)
1961年徳島県生まれ 学術博士
徳島県立博物館学芸員、徳島大学工学部助教授を経て、徳島大学大学院教授
日本景観生態学会幹事長

日本景観生態学会(JALE)のブログ、始まります

ito_sensei.jpg景観生態学(Landscape Ecology)は、簡単にいうと、人間を含む生物と空間の特性と関係を解明し、そこから土地利用の施策や地域計画に展開していく学問です。そこには、生態系や景観の構造の変化、人間活動のありかたなど自然科学と社会科学を含めた議論の展開が必要になってきます。

このブログ「ランドスケープ・エコロジーの現在」では、景観生態学会を構成するメンバーが、それぞれの研究やプロジェクトの紹介を行っていきます。

「なるほど、そうか、こんな人たちが景観生態学に関わっているんだ、こんなおもしろい研究があったんだな」20080503174419.jpg

というような情報発信・交換の場になればと考えています。

これから、ゆっくり着実につながっていくといいなと思います。



・プロフィール
伊東啓太郎(いとう けいたろう)
国立大学法人九州工業大学大学院工学研究院・准教授
1966年長崎市生まれ。農学博士。長崎県立長崎西高、九州大学農学部卒、同大学院農学研究科博士課程修了。2001年、英国ニューカッスル大学ランドスケープ学科客員研究員。専門は、森林生態学・環境デザイン学。現在、ノルウェーなどの北欧地域において、生態学・心理学の考えに基づいた環境デザインに関する国際共同研究を行っている。2006年グッドデザイン賞、2007年キッズデザイン賞金賞受賞。

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