日本景観生態学会の新しいホームページのURL
日本景観生態学会の皆様へ
学協会情報発信サービス(ホームページ構築サービス)の終了により、
日本景観生態学会のホームページのURLが変わりました。
日本景観生態学会ホームページ
http://www.jale-japan.org/
ご利用をよろしくお願いいたします。
日本景観生態学会 企画・交流委員会
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日本景観生態学会 企画・交流委員会
私は環境コンサルタント会社で働きながら社会人学生として博士を取得しました。仕事でも研究でも様々な現場に行きます。環境が相手なだけに、その時々において、課題は多種多様ですが、まずは自分の目で現場を見て感じる“現場百編”を大切にしています。植物を専門としていますが、様々な生物の調査に同行し、時には自ら網を振るいます(写真下)。そこで感じることは、課題の解決方向を模索する際の礎になります。
私が入社した頃は、現場は広くてもせいぜい数100ha程度の舞台でした。現場は入念に踏査しますが、周辺の状況はほとんど考慮できていなかったように思います。そこに登場したのがGISでした。最初は、それまで紙地図を貼り合わせ、ラインテープやコピックで苦労して作っていた図面が、パソコンで効率的にきれいに作れることで満足していました。しかし、DEMや植生図など広域的なデータが入手できるようになると、必然的により広域に目を向けるようになりました。現場だけでなく、その周辺の状況を踏まえた、現場の位置づけを考えられる道具を手に入れたのです。ちょうどその頃、社会人学生として京都大学地球環境学舎にで学びはじめ、景観生態学の知見を用い、環境情報を地図化することの重要性を認識するようになりました。まだまだ不十分とはいえ、生物分布などの環境情報が蓄積され始めたこともあり、仕事でも研究でも大量のデータをGISで処理して地図をつくることが多くなっていきました(例えば下図)。
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そんなある日、「丹羽さんのつくる地図はきれいだから騙される」と言われたことがあります。確かに、GISや統計ツールを使ってデータを解析していると、結果を過大評価して“わかったような気になる”ことがあると思います。凡例一つで“見え方”変わるのも怖いところです。ただ、一方で、特に広域スケールでは、解析することで初めて見えてくることがあることも確かです。
そのため、私は、現場とGISは両輪であるべきだと考えています。そのため、最近は、現場でデータを集め、GISで解析し、その暫定の解析結果を持って再び現場に行く、そのような“現場-GISサイクル”を大事にし、また、楽しんでいます。
「昔はもっと花が多かったんじゃがのう。」 草原の上で出会ったお年寄りのこんな声がきっかけで、秋吉台の草原での調査・研究と保全活動を始めて5年になります。
山口県の中央部に位置する秋吉台は、石灰岩台地の上に面積約11.6km2の草原が広がり、地元住民による早春の山焼きでその景観が維持されています(写真1)。ネザサが優占する広大な草原には草原性の絶滅危惧植物が多く生育し、昔の姿を知らない私には「花が減った」という話はあまり実感をともないませんでした。ただ、今は採草利用がかなり減ってしまったとのこと。攪乱の強度が違っていれば生態系の応答も違ってきているはずと思い、もう一度草刈りを再開したらどうなるかという刈取り試験をしてみることにしました。すると、草を刈った最初の年、秋に茎を再生した草原性植物の開花数は、7月刈区が無処理区の約3倍となりました。その後毎年刈取り処理を続けていますが、優占種の交替や新しい種の移入・開花など変化は毎年確認できています。
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写真1 秋吉台の草原景観
その後、この調査結果を根拠に地元の学習施設で「秋吉台お花畑プロジェクト」という名前の行事ができました(写真2、3)。このプロジェクトは花を多くするだけではなく、刈った草を地元農家に提供して野菜を栽培してもらい、秋にはその野菜を参加者が受け取るという資源の循環をめざすものです。さらに、草刈りが負担になった地元農家を応援する意味合いもあり、観光にも寄与すること、環境学習の意味合いもあります。現在では、企業ボランティアによる活動や小学校の体験学習にも広がりをみせています。ただ、草刈りをするという行為そのものは、当初より自然愛好家から賛否両論があり、とりあえず現在は草刈り面積を限定することで了承を得ています。
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写真2 秋吉台お花畑プロジェクト1(初夏の草刈り)
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写真3 秋吉台お花畑プロジェクト2(秋の観察会)
ところで、花が少なくなったという心配と並んで、「草原がせまくなった」というのもよく聞かれる話です。過去の地図や空中写真から過去の草原面積を算出してみると、明治32年ごろに比べて草原面積は4分の1程度になっています。減った分の草原はスギ・ヒノキの植林地や落葉広葉樹林へと変わっているようです。そこで、草原面積を維持するために、過疎・高齢化した地元が担う山焼きを応援することにしました。この「山焼き応援プロジェクト」では、実際に防火帯作り(火道切り)の手伝いをしたり、草を堆肥化して野菜を育て、それを作業時の昼食材料やお土産として提供しており、他地域から来るボランティアに好評を得ています(写真4)。
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写真4 草を使って育てた野菜をボランティアに提供する
さらに、「大ヤブになってしまった」草原を元に戻したいという声もあり、こちらは「草原の復元プロジェクト」として立ち上がりました。以前は農地として利用していた場所ではセイタカアワダチソウの群落が成立しています(写真5)。そこで、年2回の草刈りを実施していますが、刈り草を持ち出した場所では外来植物の衰退が確認されました。最近、外部研究者の協力により土壌の分析が可能となり、草を持ち出すことで土壌に蓄積された栄養分が取り除かれ、草原再生に寄与するのではないかという視点で研究できるようになりました。
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写真5 草原内の耕作放棄地に成立したセイタカアワダチソウの群落
このように、地元の想いを聞き、その疑問に答える形で調査・研究を始めた訳ですが、こちらが提示する調査結果が活動に関わる人の意欲を向上させ、そのニーズを受けてさらに調査が進むという相互作用的な関係が成り立っています。
ただ、活動の主体は町からの委託費で運営する任意団体「秋吉台草原ふれあいプロジェクト」であり、構成員すべてがボランティアとして関わっています。今後の継続を考えた場合、団体としての機能向上も含め、行政や地元との関わり、外部との連携など課題は山積みです。また、活動を拡げていくためには、「草刈りは悪いこと」とする自然愛好家や秋吉台には無関心な地元の方との意思疎通を図るための“場づくり”も必須です。現在、各地で草原を含め里山環境の保全や再生への取り組みが行われていますが、他地域の事例を参考にし、現場でのやりとりを大切にしながら将来の像を描く手伝いができればこれ以上のことはありません。
都市の中に古くから存在する社寺林は,人々に親しまれている身近な自然の一つである.大きく太い木が林立する社寺林を見ていると,聖なる場所として崇められ,保護されてきた,手つかずの森という印象を受ける.しかし,京都市の下鴨神社(賀茂御祖神社)と上賀茂神社(賀茂別雷神社)を対象として行った筆者らの研究から,少なくともこれら2つの神社の林は手つかずではないことが分かった.ここでは,これら2つの神社の江戸時代の植生景観と人々との関わりを紹介したい.
下鴨神社は,高野川と賀茂川が合流する三角州地帯にあり,上賀茂神社は,京都市北部の山麓に位置する.そのため,下鴨神社の社寺林は平地林であり,上賀茂神社の社寺林は山地林である.まず,入手可能な江戸時代の絵図と古い文書を用いて植生景観を検討した.
江戸時代の下鴨神社の6つの絵図を見比べると,林全体にマツタイプと広葉樹タイプの樹木が混生して描かれ,本殿周辺にはそれらに加えてスギタイプの樹木が描かれていた.次に上賀茂神社では,7つの絵図と,森林管理に関する古い文書を読み解いて比べた結果,本殿などの建造物のある平地には,マツ,スギ,ヒノキなどの針葉樹と,カシ,ケヤキなどの広葉樹が生育し,神社の領地内の山には,主にマツが生育していたことが推定された.
現在の下鴨神社には,江戸時代の絵図にたくさん描かれていたマツはほとんど生育していない.江戸時代にはマツが優占していたと推定された上賀茂神社の山には,現在も尾根と頂上にアカマツが生育しているが,その他はコナラなどの落葉広葉樹やヒノキが優占する林となっている.なぜ,江戸時代の両神社の林には,マツがたくさん生育していたのであろうか?江戸時代の両神社では,里山のように伐採などの何らかの人による介入があったのではないだろうか?
そこで,古い文書から,江戸時代の両神社の林と人々との関わりを読み解いた.どちらの神社でも,木が伐採された記録があったが,それらは主に枯れた木や折れた木であった.生きた木が伐採されていた里山と比べると,社寺林での人による介入の程度は穏やかなものであったといえる.木は,薪や橋板などとして利用されていただけではなく,入札を行い,最も高い価格を示した人に売り渡していた.木を売ったお金の使い方については下鴨神社の古い文書に記述があり,釘や鎌などの品物を購入したり,小屋の建設費用としたりするなど,神社の公務に関係することに使われていた.また,どちらの神社でも,里山と同じく,下刈りが行われた記録があった.里山よりも介入の程度は小さいものの,江戸時代の下鴨神社と上賀茂神社では,林の手入れが行われ,現在よりも林の中が明るかったため,マツが更新可能であったと考えられる.
林は神社の持ち物であるため,誰もが勝手に入って木を切ったり,柴を刈ったりできるわけではなかった.とくに,上賀茂神社では所有していた山の面積が大きかったこともあり,神社に仕える人々の中から山の見回りの担当者を選び,山の資源が盗まれないよう監視をしていた.また,神社と関係のない他の村の人々だけでなく,神社の関係者も,私用のために木を伐採することなどは禁止され,違反者に対して罰則が定められていた.このように,林は神社の財産として厳しく保護されていた.
江戸時代の下鴨神社と上賀茂神社では,社寺林を神社の収入源や資源として利用しつつ,神社の風致を保つことができる程度に,人々が介入していたことが推測された.他の地域の神社についても研究を重ね,社寺林と人々との関わりをさらに解明していきたい.
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写真1 室戸台風(1934年)後の下鴨神社の境内林
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写真2 現在の下鴨神社の境内林
雲月山は広島県と島根県の県境に位置します.【写真1】 西中国山地には,1,000m級の山が連なって,瀬戸内海と日本海の分水嶺を成していますが,標高911mの雲月山もその一つです.雲月山の山頂から,高山,岩倉山という2つのピークを結ぶ稜線からなるすり鉢状の谷に,雲月山の草原が広がっています.草原の面積は約40haと,阿蘇や秋吉台などに比べると小さなものですが,キキョウやムラサキセンブリ,ゴマシジミなどの絶滅危惧種を含む,草原生の生物が多く生育・生息しています.草原内に生育する維管束植物の数は330種が記録されており,この種数は北広島町全体の30%,広島県の約15%に相当します.【写真2】
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写真1 雲月山
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写真2 雲月山には330種の維管束植物が生育する
雲月山の生物多様性を支えていたのは,毎年春に行われる山焼きでした.昭和の中頃までは,農耕に使う牛馬の餌や,田に入れる緑肥として,良好な草を得るために山焼きを行っていたそうですが,トラクターや化学肥料の台頭により,山焼きも途絶えてしまいました.その後,平成に入ってから観光の一環として再会されましたが,山焼きそのものの負担が大きく,6年で途絶えてしまいました.その山焼きを2005年に再々開させたのは,生態系を守りたいというボランティアの思いと,草原景観や山焼きという地域のアイデンティティを守りたいという地域住民の思いでした.【写真3】
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写真3 山焼き直後の雲月山
雲月山では,山焼きの実施主体は地域住民のつくる実行委員会です.ボランティアは,NPO団体「西中国山地自然史研究会」の呼びかけによって参加申込みをして,山焼きを手伝います.当日は,7つある集落から3名ずつが作業に従事し,150〜200名のボランティア,地元消防団などが参加し,総勢約250名での作業になります.観光イベントとして山を焼いた時代には,地域住民と消防団は,山焼きを実施すると同時に,観光客を「もてなす」必要がありました.しかし,今は外部から来るのは観光客ではなく,ボランティアです.来訪者の山焼きへの関わり方が変わったことで,地元の負担は大きく減じただけでなく,山焼きを実施する力になっています.【写真4】
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写真4 多くのボランティアが参加して実施される雲月山の山焼き
雲月山の山焼きが再々開するときに,もう一つ大切にしたことがありました.それは地元小学生の参加です.小学生達は,はじめは見学をして山焼きの進め方を学ぶことを想定していましたが,2年目からは山焼きの作業そのものを手伝うようになりました.そしてその翌年からは,「雲月山の生態系」や「なぜ山焼きが必要なのか」について,ボランティアに対して説明をするようになりました.【写真5】
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写真5 ボランティアに山焼きの重要性や雲月山の生態系と山焼きの関係などを説明する小学生
ボランティアが継続的に作業に参加するためには,自分たちの行為が「役に立っている」ということを認識できるしくみが必要です.小学生からの説明は,この点に関して大きく貢献しているようです.小学校の地域学習で山焼きを取りあげたのは,その「地元意識」を育てるためでしたが,ボランティアへの説明という点で,すでに山焼きを担う一員となっているとも言えます.【図1】
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図1 山焼きに参加したボランティアの満足感とその理由
過疎化が進む中,雲月小学校の子どもたちは,進学すれば地域外に出て行きます.しかし,地域のアイデンティティを守るという意志と,ここで学んだ「草原生態系を維持するしくみ」を,何人かの子どもが持ってれば,雲月山の将来に残すことは可能だと考えています.
みなさん、はじめまして。私、九州工業大学大学院工学府建設社会工学専攻の高橋千裕です。この度、景観生態学会千葉大会では、自分の研究を発表し様々な研究者の方々からご意見を頂く事ができました。そして、景観生態の分野で活躍されている研究者の方々の発表をお聞きすることができ、非常に勉強になり、有意義な体験をさせて頂きました。このような場を提供して頂いた学会関係者の方々に心から感謝申し上げます。また、今回の学会では、ポスター賞を頂くことができ、大変光栄に思っております。
対象地である福岡市立壱岐南小学校は、九州工業大学環境デザイン研究室と壱岐南小学校が、子どもたちとワークショップを行いながら共同で設計・施工し、活用を行っています。 その後もワークショップなどの活用を行っています。空間要素は、中央に池が設置されており、様々な生物が生息し、2005年より毎年春にカモが雛を孵しています。また、小山や土漆喰で作られたランドスケープエレメントや、橋・ポンプなど水辺に近接するランドスケープエレメントをデザインしました。
私は、環境と人の行動の関係に興味を持っています。その中で、水辺などを有する壱岐南小学校ビオトープと出逢い、そこで遊ぶ子どもたちの行動を深く研究してみたいという思いから今回の研究に取り組んできました。
現在、都市部における自然の減少に伴い、子どもの自然体験が減少しています。そのため生物の生息する空間の機能だけでなく、子どもの「遊び」と「環境学習」を目的とした「学校ビオトープ」が学校に取り入れられています。
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学校ビオトープ内の植生調査を行い、プロット別に1)種名2)被度3)草高を求め、生態系保全空間としての特性を考察しました。また、子どもたちが昼休みにビオトープで遊ぶ様子をビデオカメラで定点観測を行い、行動解析を行いました(サンプル数10人)。2010年8月に堀干しを行いました。ここでは、堀干しは「人為撹乱」を意味しています。
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その結果、ビオトープ内では、植物・生きものに関する遊びが見られ、また植物・生きものに関する遊びは、コミュニケーションを伴うことが分かりました。また、石や堰の設置、草高を低くすることは子どもたちを水辺に近づきやすくしていました。現在、堀干し後の生きもの・植物変遷と子どもの行動および意識の関係をより詳細に把握するため生きもの・植生調査、子どもの行動、意識調査を定期的に行なっています。
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私の研究が少しでも、今後の都市緑地のあり方を議論する際、役に立てればと思っております。
・はじめに
アジア航測株式会社3年目の岩田悠希です。はじめに、東日本大震災で被災した皆様に、心よりお見舞いと哀悼の意を申し上げます。
今回は、環境コンサルタントという仕事に関わった仕事体験談を紹介させていただきます。まだ、駆け出しの身で大変恐縮ですが、「フレッシュな目線」ということでお許しいただければ幸いです。
・私にとっての「環境コンサルタント」と2年間の貴重な経験
京都大学地球環境学舎・景観生態保全論研究室での修士論文研究を進める中、日本全国の里山を巡り、地域のランドスケープを左右するのは、経済の他に行政の政策決定が大きな役割を担っているということを強く感じました。日本の山を覆うスギ・ヒノキの植林や、ほ場整備された水田、エネルギー政策等、日本の里山里海の現在の姿は、戦後の国策の影響を強く受けているといえます。このような政策立案の際、専門家の立場から行政に適切な指針を示し、自然と人間社会の持続可能なつきあい方を実現させていく役割を担うのが、「環境コンサルタント」だと、私は考えています。
そして、幸いなことに入社後、市、県、もしくは中央省庁など官公庁の業務を担当させて頂きました。「自然環境部門の施策検討の最先端の現場にいる」と体感しながら過ごせた2年間は大変充実していました。これまで担当させていただいた業務は、主に環境関連の計画の策定、自然環境の調査、技術検討に分けられます。社内の植物、動物、情報管理、計画策定に係わる高いスキルを有する技術者の先輩と業務ごとにチームを組んで対応する毎日は、日々勉強です。
1年目。とにかく現場を知るということから、様々な業務を経験しました。河川敷の300mのライン上の植生調査や、サロベツ湿原の植生調査、都内の植生図作成のための群落組成調査、魚類調査の補助等も行いました。また、市の緑の基本計画や、統計ソフトを利用した生物生息予測値評価の検討業務、植生図作成業務等にも関わりました。
サロベツ湿原の植生調査現場
サロベツ湿原の代表種 エゾカンゾウ
2年目の2010年。私にとってもっぱら「生物多様性」でした。URBIO(都市における生物多様性とデザイン)の国際会議をはじめ、生物多様性や生態系オフセットに関連する様々な学会やシンポジウムに参加し、生物多様性条約COP10フェアには、会社紹介のために2週間名古屋に滞在しました。一企業として生物多様性をビジネスにすることの難しさにもぶつかりました。「環境を空や陸から測る」会社として、生物多様性という概念を、地形を含めた生態系そのものだと捉え、営業資料も作成しています。主流化に向けたビジネスにつなげるため、現在も日々頭を悩ませています。
生物多様性COP10フェア 展示の様子
・「環境コンサルタント」の醍醐味・課題とは
様々な場所に行くことができるというのも環境コンサルタントの一つの醍醐味でしょうか。最近嬉しかったことは、森林と水に関する取組みについてヒアリングを行うため、スイス(ベルン)、ドイツ(フライブルグ)、フランス(グルノーブル)を訪れる機会を得たことです。日本とは違い、平坦な丘陵地の欧州では、「森が水を育む」という概念は主流ではなく、森はむしろ水を消費する、という考え方があることを知りました。
また、ドイツには入会地のように地元住民が共同で管理する森が残っていること、アルプス地帯では雪崩等の災害を防ぐための森林の伐採方法等のノウハウを国をまたいで共有していること、水文学の専門家が作成した水質保全マップを森林管理者が活用していること等を知りました。森を森として守り、利用し、景観管理も徹底している欧州のあり方は日本と異なっており、新鮮でした。
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ドイツ(フライブルグ)にて、バーデン=ヴェルテンブルグ州の森林局の方々と
「黒い森(シュバルツバルト)」に接したフライブルグの風景
その一方で難しいと感じているのは、とにかく就業時間が長いことでしょうか。効率化の難しい専門的な仕事をいかに効率的に行い、利益を生み出し、かつ良い仕事を行うかが、課題だと思っています。
・3年目・・・・日々奮闘です
3年目の2011年。今年環境コンサルタントとして国内で大いに貢献できるのが「震災復興」と「新エネルギー」分野だと思っています。6月には東日本大震災で壊滅的な津波被害を受けた仙台平野の現場を踏査して、海岸林や背後地の被災状況を自分の目で見てきました。現在は復興に向けての基礎資料となる海底を含めた地形図上に植生や法規制を重ねた資料を作成成しています。私はまだ直接関わっていませんが、新エネルギーのポテンシャルマップ作成に関する業務を行っている先輩もいます。次の時代のための動きに加わることができる、というのは重要なモチベーションだと思っています。
私の好きな詩人の茨城のり子さんの詩の中に「あらゆる仕事 すべてのいい仕事の核には 震える弱いアンテナが隠されている きっと」というフレーズがあります。この仕事に就き、先輩方を知り、その意味が分かったような気がしています。いつまでも感受性を鋭く保ち、日々奮闘していければと思っています。そして、現場に学び、常に人と自然との関わり方を問いかけながら、社会に貢献できる人材になることができればと思っています。
景観生態学は緑地計画と密接な関係を持ちます。私がカリフォルニアに留学した当時(1999年頃)、緑地計画を扱う分野でも景観生態学が知られるようになり、脚光を浴び始めていました。カリフォルニアの自然を見渡せば、都市や農地、草原、森林は面状に大きく広がり、河川に沿って樹林帯が形成されていました。そのような土地では、パッチ、コリドー、マトリックスという景観生態学に特有の概念で、緑地を計画することは画期的に思えました。
私は、修士号取得の後、京都大学に戻ったのですが、京都大学の研究室では、京都のまちの自然をパッチ、コリドー、マトリックスの構造で捉え、景観生態学的な視点で草本植物やコケ類の種の多様性を説明できないかという研究が行われました。大阪府立大学時代の森本幸裕先生の研究室の成果と合わせ、様々な種群を対象に研究が行われたのですが、種の多様性を説明するもっとも大きな要因は、緑地の「面積」でした。緑地の「配置」(京都のまちを囲む山地からの距離や、緑地間の距離など)は、種の多様性の説明要因とはならないケースもありました。
これらの研究を振り返って考えると、アメリカでは効果的に思えたパッチ、コリドー、マトリックスという景観の大きな捉え方は、日本ではあてはまりが悪い部分があるように思います。日本は温暖で湿潤なため、森林が成立しやすいことから、草原と森林というアメリカ大陸ではよく見られるコントラストがほとんどの地域で存在しない上に、草原から森林への遷移の途中相が多く存在します。また、日本は急峻な地形の島国であるため、地形の変化や、海から陸への環境の変化に富み、いろいろな環境が細かな単位で混ざり合って存在します。日本の自然景観は、連続的な変化を含んだ景観のモザイク構造が特徴であり、少なくとも京都ではパッチ、コリドー、マトリックスという概念だけでは本質を捉えられないようです。
日本の自然をよりよく理解し、よりよい自然との付き合いが可能な緑地を計画するためには、どのような観点が必要なのでしょうか?研究室の近年の研究では、緑地の面積や配置だけでなく、「撹乱」の頻度や規模、「土地の履歴」などが、地域の自然を理解するための重要な概念であることが明らかとなってきています。これは、景観生態学が、単なる空間生態学ではなく、時間生態学としても発展すべきことを示唆しているように思います。
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海と陸、草原と草原のコントラスト(California, U.S.A.)
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2001年3月Flicker Ridge(California, U.S.A.)にて
この度、景観生態学会千葉大会にてポスター賞を頂きまして、大変うれしく思います。このように名誉ある賞を頂けたのは、日々の研究指導をして下さっている鎌田先生はじめ、研究室の先生方や先輩方、友人の支えあってのことだと感じています。
今回の発表は、全国スケール、流域スケール、地域スケールの3つのスケールから、湿生RDB植物の生育適地とその分布を決定付ける環境要因を明らかにしようと試みたものです。それぞれの解像度において抽出される環境要因は異なっており、広域スケール他、流域スケール、地域スケールで抽出された結果は階層的な地域計画づくりに反映することができます。このように解像度をあげることで、保全や修復の対象とすべき地域が明確になり、より効率的な計画を立てることができるからです。さらに実際に水辺環境の保全・修復のための施工を行うにあたっては、対象とする現場状況を詳細に把握する必要があります。なぜならば、時には数センチの水位差がある植物の分布を決定づけていることもあるからです。これは広域スケールから把握することは難しく、現場ベースの研究になります。このようにスケールを変化させてそれぞれのスケールにおける環境要因を抽出できれば、細かいスケールで抽出された環境要因を、一つ上のスケールで抽出されたそれと関連付けていくことで、大きな計画から実際の施工までを繋ぐような一つの論理を作ることができると考えています。
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実際のところ、この研究は、湿地生の希少植物が数多く存在する徳島県鳴門市の段関地区とは、日本全体から見るとどのような環境に位置するのか、というところから始まりました。段関地区は地盤高が低い上に排水性が悪く、大きな出水などがあればすぐに一面冠水してしまうような地域です。その特性をうまく利用して、湿田でのレンコン栽培が盛んな地域でもあります。ここまでの解析で、段関とは窪地地形の中にあって、水がたまりやすく、流れにくい地域であることがわかってきました。
今、こうした結果を持って改めて現場を歩き、現地調査を行っているところです。段関の中でも希少植物の分布に偏りが見られることから、さらに細かい解像度で環境要因と希少植物の分布との関係を明らかにする必要があると考えたからです。この現地調査はかなりの労力と時間が必要です。調査方法は、対象地をくまなく歩き、対象としている稀少種がいたところで50地点といなかったところ50地点で、それぞれ1 程の調査区を設け、土壌水分、光量子、隣接する水田の水位といった物理環境要因のほか、フロラ調査や周囲の植物群の植生高および被度などを調べています。対象種が生育するためにはどのような環境が必要なのか、また年間通した変動が種子の生存や発芽にどのような影響があるのか、といった観点から、2週間に1回の割合で調査を行っています。
最終的に局所的な環境要因と希少植物との関係性が明らかになれば、具体的な設計・施工の論議が行えると考えています。このように詳細な調査を、全ての地域で実施することは現実的には難しいですが、この結果を広いスケールに返すことで、日本全体、あるいは流域単位で見たときに、段関と類似した環境を持つ地域に適用することができるような論理を作っていくことが、今後の目標となります。
新潟大学大学院自然科学研究科の金谷です。この度は、景観生態学会千葉大会でポスター賞をいただけたことを光栄に思っています。学会関係者、審査員の皆様方に深く御礼申し上げます。また、このような栄誉ある賞を受賞できたのは村上拓彦先生をはじめ研究室の方々の日頃からのご指導ご鞭撻の賜物であり、深く感謝するとともに今後もより一層の精進を図りたい所存です。
ポスター発表では、ニホンザル(Macaca fuscata)の被害管理を目的とした樹種分類をテーマとしました。現在、日本ではサルによる農作物被害の防除対策として、主に有害鳥獣駆除が行われています。しかし、被害が減少する地域もある一方で、農作物被食による個体数増加や、無計画な駆除による群れの分裂で被害が拡大する地域もあり、全国的に見て被害は横ばいの傾向にあります。そこで、近年では有害駆除のみに頼るのではなく、有害駆除を含めた総合的な対策を実施して、被害管理を行おうという試みが広まっています。その中でも、個体群を奥山へと押し上げることで、人とサルの棲み分けを図る追い上げが注目されています。しかし、追い上げを行う際は人里への再侵入を防ぐため、追い上げ先は餌資源が豊富にある好適な環境である必要があります。
本研究では、高分解能衛星データを用いてサル生息域周辺山中から広域的かつ詳細にサルの餌資源を抽出することで生息適地を把握できないかと考え、サルの利用樹種として重要な堅果類(ブナ、ナラ類)のマッピングを行いました。分類結果はKappa係数で0.649となりましたが、堅果類以外の広葉樹と、一部の堅果類(未開葉)の誤分類が目立ちました。今後の課題としては、堅果類の抽出精度の向上を行うとともに、堅果類の分布域の中から更に追い上げに適した候補地の絞り込みと、地理空間情報を利用した候補地までの追い上げルート検出を行いたいと思っています。
調査地の新潟県新発田市では、サルの農作物被害に長年悩まされており、年間1000万近い被害が出ています。こうした深刻な被害が起こる地域では被害管理を諦めるケースが少なくない一方で、同市では有害鳥獣駆除のほかにラジオテレメトリーによる遊動域調査、モンキードッグの育成、野生動物の誘因要素となる放任果樹の除去などを行うことで、積極的に被害防除に取り組んでいます。何度か参加させていただいた講習会には、行政や農業組合の方以外に、一般の方々も多く参加しており、なぜ被害は起きるのか、どうやったら被害は減らせるのか、といったことを熱心に学んでいました。新発田市では今年か来年に試験的に追い上げが行われます。私が行う研究が、少しでもサルの被害軽減に貢献できればと思っています。
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